「趣味さえあれば、老後は安心」——本当でしょうか?
定年が近づくと、よく耳にする言葉があります。「老後は、何か趣味があれば大丈夫だよ」と。
私自身、長くそう思っていました。打ち込めるものがあれば、時間を持て余すこともない。実際、退職後の私には、走ること、パソコンを触ること、山に登ること、旅に出ること——夢中になれるものがいくつもあります。
でも、定年後の時間を実際に過ごしてみて、少しずつ気づいたことがあります。「いい一日だった」と思える日の“中身”が、現役のころとは、すっかり変わっていたのです。今日は、私自身の体験を通して、「老後の満足度は、いったい何で決まるのか」を一緒に考えてみたいと思います。


私の趣味は、ほとんどが「一人」です
正直にお話しすると、私の趣味は、基本的に一人で完結するものがほとんどです。
- ランニング — 自分のペースで、黙々と
- パソコン — 調べたり、書いたり、ものを作ったり
一人の時間は、気楽です。誰に合わせる必要もなく、好きなだけ没頭できます。
ただ、すべてが一人というわけではありません。山登りや旅行は、あえてグループで行くことにしています。理由は、安全面です。山は何が起こるかわかりませんし、旅先での不測の事態も、一人より仲間がいたほうが心強い。ここは「楽しさ」より「安心」を優先しての選択です。
没頭している間、物足りなさは感じない
「一人の趣味ばかりだと、寂しくないですか?」と聞かれることもあります。でも正直に言えば、没頭している間に、物足りなさを感じたことはほとんどありません。走っているとき、何かを作っているとき、時間はあっという間に過ぎていきます。その集中している時間こそが、私にとって何より豊かな時間なのです。
ここは、世間でよく言われる話と、少し違うかもしれません。
ハーバードは「つながりが効く」と言う。でも私の実感は、少し違った
老後の幸福について調べると、必ず出てくる有名な研究があります。ハーバード大学の成人発達研究です。80年以上にわたって人々を追跡した、世界でも類を見ない長期研究で、その結論ははっきりしています。
人生の幸福・健康・長寿に最も影響するのは、お金でも名声でもなく、「人間関係の質」である。
イギリスの孤独に関する調査でも、「退職を境に人とのつながりが急に減り、戸惑う人が多い」と指摘されています。趣味があることと、人とつながっていることは、別物だ、というわけです。
研究としては、私もその通りだと思います。でも——私自身の実感は、少しだけ違いました。一人の趣味でも、私は十分に満たされている。だから最初は、「つながりが一番大事」という話が、どこか自分の実感とかみ合わなかったのです。
それでも、「人に話す」価値に気づき始めた
ところが最近、少しずつ感じ方が変わってきました。
趣味の仲間との会話でも、知り合いとのちょっとした雑談でも、人と話した日は、なんだかとても楽しい。大した内容でなくてもいいのです。「今日はいい天気ですね」程度のことでも、誰かと言葉を交わすと、心がふっと軽くなる。
「人に話していくことは、良い習慣だ」——最近、はっきりそう感じるようになりました。一人の没頭も豊か。でも、人と交わす言葉にも、別の種類の豊かさがある。どちらかではなく、両方なのだと思います。
「いい一日」の意味が、変わった
そして、思いの外、いちばん考えていることと言えば——「いい一日」とは何か、ということでした。
現役時代、私にとって「いい一日」とは、ほぼ一つの意味しかありませんでした。今日も、仕事を無事に終えることができた——それが「いい日」でした。裏を返せば、自分の満足は、仕事という外側のものさしで測られていたのです。
ところが、定年後に自分の時間が増えてくると、ものさしが、すっかり変わりました。いまの私が「いい一日だった」と思えるのは、こんな日です。
- 自分の気持ちに、正直な行動ができた日
- 心から望んでいたことを、実際にやれた日
外から与えられた基準ではなく、自分の内側の基準で一日を振り返るようになった。これは、定年がくれた、思いがけない贈り物だったのかもしれません。
趣味は“土台”の上に乗っている——健康とお金
では、「趣味さえあれば老後は安心」なのでしょうか。私の答えは、「それだけでは、安心とは言い切れない」です。
たしかに、趣味に没頭して時間を忘れて過ごす時間は、何にも代えがたい満足感があります。でも、その満足が成り立つには、前提があります。
- 健康 — 体が動かなければ、走ることも山に登ることもできません
- お金 — 最低限の暮らしの安心がなければ、趣味どころではありません
健康とお金という“土台”が確保されていて、はじめて、その上で趣味の領域がのびのびと広がっていく。順番が逆ではないのです。
ちなみに私自身は、いま、ほぼ仕事量を減らして、リタイアに近い状態になりつつあります。これから先、また新しい考えが浮かんでくるかもしれません。その時はその時で、再び自分の判断軸に立ち返って、行動していきたいと思っています。
まとめ:満足度は、一つではなく「層」になっている
定年後の時間を過ごしてわかったのは、老後の満足度は、たった一つの要素では決まらない、ということでした。
- 土台:健康とお金(ここが崩れると、何も始まらない)
- その上に:打ち込める趣味(一人の没頭も、立派な豊かさ)
- さらに:人と交わす言葉(雑談ひとつでも、心が軽くなる)
- そして:自分の気持ちに正直であれたか、という“ものさし”
「趣味さえあれば安心」でも、「つながりさえあれば幸せ」でもない。いくつもの層が重なって、はじめて「今日はいい一日だった」と思える——それが、定年後の私の、いまの実感です。
あなたにとっての「いい一日」は、どんな日でしょうか。そして、その満足を支える土台は、いま、足元にしっかりありますか。一度立ち止まって考えてみると、これからの時間が、少し違って見えてくるかもしれません。

