朝、会社に着いて、パソコンを立ち上げる。
これが一日の始まりでした。でも、パソコンがまだ普及していなかった頃は、まず手書きのメモ帳を開くところから始まっていました。その日にやることを、手書きで書き出していく。ToDoリストという言葉すら、まだ一般的ではなかった時代です。
今回は、そんな毎日の仕事の中で、私が静かに感じていた「もっとうまくやれないか」という思いを、振り返ってみたいと思います。
朝、会社に着いてからの時間
会社員時代、朝の貴重な時間は、毎日あっという間に過ぎていきました。
メールの確認、返信、必要に応じて送信。全体や部署単位の伝達事項の確認と連絡。スケジュールチェック。売上進捗の確認。そして、その日のTodoリストの整理。
これを毎朝、出社後すぐにこなしていきます。どれも一つひとつは数分の作業です。でも積み重なると、あっという間に時間が過ぎていきます。
パソコンがある時代になってからは、Todoリストもパソコンの中に収まるようになりました。それ以前は、先ほど書いた通り、手書きのメモ帳です。毎日、一枚一枚書き出して、終わったら線で消していく。あのメモ帳の束が、どこかに残っているかもしれません。


時間を大きく取った、シーズンごとの資料作り
毎日の作業とは別に、シーズンごとに大きな山がやってきます。
営業職でしたから、季節ごとに大きな商談がありました。その資料作りに、まる一日、時には二日かけることもありました。取引先ごとに内容を変え、数字を整理し、提案の形に整えていく。後々、会社でテンプレートが用意されるようになってからは、かなり楽になりました。それでも、テンプレートを埋めていく作業そのものに、それなりの時間がかかります。
取引先へ配布する説明資料を作るのも、時間を要する仕事でした。これも不定期にやってきます。日々の業務の合間を縫って、少しずつ進めていく。スケジュールを変更して仕上げることもありました。
こういう作業は、「必要な仕事」として自分の中で消化していました。誰かがやらなければならない。そして、それを任されているのは自分である。そう考えて、黙々と進めていました。
すべては自分事、でも報告業務だけは
この歳になって振り返ると、私は仕事に対して、不満を言うほどの時間もありませんでした。すべての工数は必然、つまり自分事だと考えていました。「なぜ自分がこれをやらなければならないのか」と疑問に思うことは、ほとんどありませんでした。
ただ、報告業務だけは、意外と面倒だなと感じていました。
週次の報告、月次の報告、案件ごとの報告。その都度の報告は、内容が違うので個別に書き起こしていましたが、フォーマットは似ています。数字を集めて、所定の欄に入れて、一言コメントを添える。一つひとつはそれほど重い作業ではないのに、なぜか気が重い。そんな種類の仕事でした。
不満というほどのものではない。でも、できることなら、この時間をもっと本来の営業活動に使いたい。そう思っていたのは確かです。
「メールで通知が来たら便利だね」
ある時期から、社員用の端末で、自分の売上進捗が閲覧できるようになりました。大きな変化でした。それまで事務方に頼んで出してもらっていた数字が、自分のパソコンから直接見られるようになったのです。
ただ、見るためには、毎回端末を開いて、画面を切り替えて、自分の担当の欄を探さなければなりません。ある日、同僚とこんな会話をしました。
「これ、わざわざ見に行かなくても、メールで通知が来たら便利だよね」
「個別の進捗も、設定しておけば自動で届くようにならないかな」
今なら、当たり前に実現できる話です。通知設定、自動配信、ダッシュボード。でも、当時の私たちにとっては、「そうできたらいいね」で終わる話でした。誰かに頼んで実現してもらうには、あまりに小さな願いでしたし、自分でどうにかできる手段も持っていませんでした。
それでも、同僚と交わしたあの会話は、私の中に残っていました。自動化への関心は、そういう小さな瞬間の中に、確かに存在していたのだと思います。
マクロを覚えるか、専門の人に頼むか
エクセルのマクロや関数を使えば、手作業の多くが自動化できる。そのことは、当時からうっすらと知っていました。
実際に、少し覚えて試してみたこともあります。一度作ってしまえば、確かに便利でした。でも、最初に作り上げるまでに時間がかかります。動かない、エラーが出る、思った通りに動かない。そうこうしているうちに、手作業でやったほうが早い、という結論に落ち着くことが多かったのです。
結局、本格的な自動化は、部署で専門にやっている人に頼むことが増えていきました。その人に任せたほうが、早く、正確に、仕上がる。自分の時間は、本来やるべき営業活動に使ったほうがいい。
社内業務の時間を減らすのも、ひとつの課題だと考えていました。営業職として、取引先と向き合う時間を増やすこと。社内での事務処理を効率化すること。この二つは、常に天秤にかかっていました。
いま思えば、これはまさに「自動化」への関心そのものです。ただ、当時の私にはそれを自分で実現する手段がなかった。それだけのことでした。
いま、あの願いが叶っている
時代は流れました。
いま、私はAIエージェントという新しい道具と向き合っています。朝一番のメール整理、売上進捗の通知、報告書のフォーマット埋め、取引先ごとの資料作成。あの頃、私と同僚が「できたらいいね」と話していたことが、日本語で指示するだけで現実になる時代です。
エクセルのマクロを組むのに苦労していた私が、いまは自然な日本語で「このデータをこういう形にまとめてほしい」と頼めます。「最初に作り上げる時間がもったいない」という理由で諦めていた自動化が、数分で形になっていく。
会社員時代の自分に、そっと教えてあげたい気持ちになります。大丈夫、いつか、それは叶うよ、と。
そして次回は、あの頃、私が横目で見ていた「RPA」という道具の話を書きたいと思います。自動化への憧れと、手の届かなかった距離の話です。
【このシリーズについて】
この記事は「パソコンのなかった時代から追いかけてきた、自動化という夢」シリーズの第2回です。非エンジニアの私が、AIエージェントと向き合いながら体験したことを、ひとつずつ記録していきます。
第1回:パソコンのなかった時代から追いかけてきた、自動化という夢——ついに、その扉が開いた話
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