会社員として働いていた頃、ずっと心の片隅にあった言葉があります。
「自動化」。
パソコンが毎日の仕事に欠かせない道具になってからずっと、私はこの言葉に憧れのような感情を抱き続けていました。今回は、その憧れが、どうやって少しずつ形になっていったのかを振り返りたいと思います。
RPA、PAD、そしてAIエージェント。この三つの道具が、私の「パソコン自動化の夢」に、静かに、でも確実に、段階を刻んでくれたのです。
RPAという言葉に出会った日
いつのことだったか、はっきりとは覚えていません。インターネットでパソコンや自動化に関する記事を調べていたときか、いつも見ているニュースサイトでだったか。ある日、「RPA」という言葉が話題になっていることに気づきました。
調べてみると、RPAとは「Robotic Process Automation」の略で、パソコンに決まった操作を覚えさせて、自動的に処理を完了させる仕組みだと分かりました。たとえば、毎朝決まった時間にエクセルを開き、データをコピーして、別のシステムに貼り付ける——そういう繰り返し作業を、ロボットのように代わりにやってくれる道具です。
工場の現場で、機械の動きをプログラムして効率よく動かす仕組みがありますよね。あれの、日常のパソコン業務版だと理解しました。
「これは素晴らしい」と思いました。毎日の繰り返し作業に願っていた「自動でやってくれないか」という思いが、ついに形になる道具がある。早く一般の人でも使えるようにならないかな、と期待しました。
けれど、よく調べるほどに、ため息が出てきます。RPAを扱うには、プログラミングの知識と、Windowsの仕組みへの深い理解が必要だったのです。専門のエンジニアでないと、とても触れない道具でした。


そうか、プログラミングか、と静かに諦めた
「そうか、プログラミングか」——そう思ったとき、私は妙にすんなり諦めることができました。
というのも、それ以前にエクセルのVBAで、同じ壁にぶつかった経験があったからです。VBA(Visual Basic for Applications)とは、エクセルの中で自動処理を書くためのプログラミング言語のことです。関数やマクロの延長線上にある、もう少し本格的な自動化の道具と言えます。
このVBAを何度か触ってみたものの、結局進まずに諦めた経験がありました。動かない、エラーが出る、思った通りにいかない。そうこうしているうちに、「自分は文系だから無理だな」と感じてしまったのです。
だから、RPAが「プログラミングの道具」だと分かったとき、迷いなく諦めきることができました。「あれは遠い世界の話だ」と。
実際、RPAを使いこなしている人は、私の身近にはいませんでした。営業職の会社で、オフィスには誰一人としていなかったのです。工場のような技術職中心の会社であれば、そういう風景が日常だったのかもしれません。けれど、私のまわりにはそれを扱う人がおらず、RPAは記事や情報の中だけで語られる、文字通り「遠い世界」の話でした。
いま思えば、もしかしたら、まわりにいなかったのがよかったのかもしれません。身近にいたら、余計に強い憧れを抱いていたかもしれない。見えないものは、静かに諦めがつくものです。
Power Automate Desktop——もう一つの大きな波
それから何年か経ったある日、もう一つ大きな波が起きます。
マイクロソフトから「Power Automate Desktop(PAD)」がリリースされました。Power Automate Desktopは、プログラミングの知識がなくても、画面上のアイコンを組み合わせるだけで、パソコンの作業を自動化できる道具です。Windows 10搭載のパソコンで無料提供が開始され、専門のプログラマーでなくても自動化ができるというものでした。
これは気になりました。早速、試しに触ってみました。
なるほど、確かに分かりやすい。ターミナルやコマンドを使わなくても、GUI——つまり画面上のアイコンやボタンが主体になっていて、それらを一つずつ組み合わせることで、自動化の流れができ上がっていきます。
試しに一つだけ作ってみました。何度かやり直しはありましたが、一つの自動化フローが完成しました。
内容は、インターネットの回線スピードを、指定した時間に自動で計測して、エクセルの表に記録していくというものです。6分間隔で自動的に動き続ける設定にしたので、夜の間に黙々と計測が進み、表が埋まっていきました。そのときのエクセルデータは、今もそのまま保存しています。

派手な成果ではありません。ただ、淡々と日時と数値が並んでいるだけの表です。でも、これは私にとって「自動化を、自分の手で動かした」最初の記録でした。これが、唯一の完成品です(笑)。
その後、PADに関する解説動画も、時々見ていました。もっと深く学んでいけば、いろいろなことができたと思います。けれど、結局そこで終わってしまいました。
一つの理由は、会社で個別のソフトウェアを業務用パソコンにインストールできなかったこと。もう一つの理由は、業務と直接関係のないものを作り続けていても、どうしてもモチベーションが続かなかったことです。
それでも、あのとき自動化を「自分の手で動かした」という感覚は、私の中に確かに残りました。
AIエージェントに出会って、ようやく分かったこと
そして今、私はAIエージェントという新しい道具と向き合っています。ここに来て、ようやく分かったことがあります。
AIエージェントとRPAやPADが決定的に違う点が、いくつかあるのです。
一つ目は、日本語がそのまま使えること。この言語の壁がないのは、本当に大きいです。「こういうことをしてほしい」と、話しかけるように伝えるだけで、動いてくれます。RPAやPADは、決まった内容を正しく設定するだけでも、慣れるまでに時間がかかりますし、それなりの知識が必要でした。
二つ目は、分からないときに、選択肢を示してくれること。目的ははっきりしている、でも手段が詳しく分からない——こういう場面でも、AIが「こういう方法とこういう方法があります、どちらにしますか」と提案してくれます。自分一人で悩み続ける必要がない。
三つ目は、正直に「できない」と言ってくれること。今の状況や環境では難しい、という回答をきちんと返してくれます。これは意外と大事なことです。できないことを、無理やりやろうとして時間を溶かすことがなくなりました。
もちろん、私はRPAやPADの専門家ではないので、認識が違う部分があるかもしれません。ただ、一つはっきり言えるのは、AIエージェントは、プログラミング知識のない私でも、格段に扱いやすい道具だということです。
三段階の、静かな到達点
こうして振り返ってみると、私の「パソコン自動化の夢」は、いつの間にか三段階の旅路になっていました。
RPAを知って憧れた日。
PADで一つだけ、自動化を動かせた日。
そしてAIエージェントに出会って、言葉の壁がなくなった日。
一足飛びではありませんでした。でも、少しずつ、確実に、自分の側に引き寄せられてきた感覚があります。諦めきったと思っていた夢が、実は静かに熟成されていたのかもしれません。
次回は、私が会社員時代に「自分には絶対に関係ない」と思っていた、あの黒い画面——ターミナルの話を書きたいと思います。AIエージェントが、私とターミナルの間に、どんな橋を架けてくれたのか。その体験の話です。
【このシリーズについて】
この記事は「パソコンのなかった時代から追いかけてきた、自動化という夢」シリーズの一編です。非エンジニアの私が、AIエージェントと向き合いながら体験したことを、ひとつずつ記録していきます。
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