「4%ルール」よりも大切なもの ―― 私はインデックスを売り、思い出を買いに行く

投資

世の中には、心をざわつかせる言葉が溢れている。「爆上がり」「高配当」「一発逆転」。投資の世界は、まるで終わりのないお祭りのようだ。

しかし、人生の後半戦に差し掛かった今、私はその喧騒からそっと距離を置くことにした。 私が資産形成の終着駅として選んだのは、驚くほど地味で、驚くほどシンプルな「インデックスファンド」だ。

なぜ、この方法を選んだのか。その理由は、私の「生き方」の問題だった。

脳のリソースを、市場に明け渡さない

かつては、個別銘柄の動きに一喜一憂したこともあった。だが、今の私には、複数の商品をコントロールし、市場の顔色を伺い続けるほどの「脳のリソース」は残されていない。

高配当株は確かに魅力的だ。しかし、それは往々にして「タイミング」の投資である。買い時を探り、企業の業績を追い、減配の予兆に神経を尖らせる。そんな時間は、今の私にとっては、もう人生の残り時間には含まれていないのだ。

私は、市場を監視する「番人」として生きるより、今日の夕食の献立や、次に読みたい一冊の本、そして大切な友人との約束に、その貴重なリソースを使いたい。

オリジナルで描く、私だけの「出口」

インデックス投資の出口戦略といえば、よく「4%ルール」が語られる。だが、私は公式通りに行くなんで思ってもいない。

私は毎年年初、決まって行うことがある。 パソコンの中の数字と対話しながら、その年一年に必要な資金を、自分裁量で一気に取り崩す。定額でも定率でもない、私の暮らしの歩幅に合わせた、私だけの取り崩しパターンだ。

「出口は難しい」と人は言う。確かにそうだ。しかし、自分の手でシミュレーションを重ね、着地点を見据えながらコントロールする時間は、不思議と私に「安心」をもたらしてくれる。他人の決めたルールではなく、自分で決めた数字で動く。それこそが、自分を納得させる資産運用なのだ。

「思い出口座」への入金

取り崩した資金は、そのまま「思い出口座」へと移し替える。 これは、資産を、二度と目減りすることのない「経験」、「思い出」という価値に変換するための、私にとってのルールだ。

配当金という「見せかけかもしれないお金」を追い、中身が削られていること(たこあし配当)に不安を感じるより、育てた木を必要な分だけ自らの手で剪定(売却)する。その方が、後悔がない。
先日、友人と海外旅行へ出かけてきた。 異国の風に吹かれ、楽しさを満喫し、他愛もない会話で笑い転げる。その最中、私は一度も株価のことは気にならなかった。嵐が来ようと、相場が揺れようと、私の「今年一年の自由」は、年初の計算ですでに確定しているからだ。

市場の住人から、人生の主役へ

もし私が、複雑なポートフォリオを抱えたままだったら、これほど純粋に旅を楽しめただろうか。

私がインデックス投資を選んだのは、資産を最大化するためではない。市場のノイズを遮断し、穏やかな日常を最大化するためだ。できれば、「市場の住人」でいる時間を減らし、「人生の主役」にずっといていたい。

平穏な時間が、私に本当の自由を教えてくれている。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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