定年退職という大きな節目を迎え、ふと周りを見渡したとき、あんなに賑やかだった人間関係が静かに遠ざかっていくことに、幾らかの戸惑いを感じていました。
かつての同僚や上司と疎遠になるのは、あなたが何かを失ったからではないです。それは、35年以上着続けてきた「会社員」という役割の衣装を脱ぎ、自身の「本質」に戻るための、とても健全で、実はポジティブなプロセスだと考えています。
ここで、自分自身を天井から眺めるような客観的視点「メタ認知」という考え方を通じ、定年後の人間関係の整理をどう捉え、どう向き合うべきか。寂しさが自由へと姿を変えるまでの心の変化を描きます。
35年以上、毎朝当たり前のように演じてきた「会社員」という舞台。そして舞台から降りたとき、私の周りには、今まで経験したことのないような、しんとした静寂が広がりました。
昨日まで、スマートフォンの通知は鳴り止まず、ランチや飲み会で笑い合っていた同僚や後輩たち。けれど、退職して日が経つにつれ、その繋がりは、砂浜の足跡が波にさらわれるように、静かに、でも確実に消えていきました。
正直に言えば、最初は違和感と寂しさを感じていました。 「あんなに濃い時間を過ごしたのに、結局は仕事だけの付き合いだったのか」という、取り残されたような寂しさ。
でも、今の私は、その寂しさは、必然だったと考えています。なぜなら、自分を**「メタ認知」**で見つめるという、新しい心のメガネを手に入れたからです。
「メタ認知」という、もう一人の自分からの贈り物
「メタ認知」という言葉、少し難しく感じるかもしれません。でも、実はとてもシンプルな、優しい力です。
それは、**「今の自分の感情を、天井からそっと眺めている、もう一人の自分」**を持つということ。自分の人生という舞台を、客観的な「第3者視点」で観劇するようなイメージです。
たとえば、誰かから連絡が来なくて寂しいと感じているとき。 その真っ只中にいる自分は、ただ悲しみに飲み込まれてしまいます。でも、メタ認知という視点が発動すると、天井にいる「もう一人の自分」が、今の自分にこう語りかけてくれます。
「おっと、今、自分は『役割』を失ったことで少し不安になっているんだね。でも大丈夫。それは、あなたがそれだけ長く、誠実に頑張ってきた証拠だよ」
このように自分を外側から眺めてみると、感情の荒波に飲み込まれず、心にふっと「穏やかな余白」が生まれるのです。
「役割」という衣装を、楽屋へ返却しただけ
冷静に考えてみれば、会社時代の人間関係は、お互いに「部長」「担当」「先輩」という衣装を着て演じていた、一つの長い物語でした。 舞台が終われば、役者がそれぞれの楽屋に戻り、メイクを落として自分自身の生活に帰るのは、とても自然で、むしろ健全なこと。
疎遠になったのは、相手が冷たくなったからではありません。 お互いに「役割」という重たい義務から解放されて、それぞれの「本当の人生」を歩き始めたという、喜ばしいサインなのです。
「もう、慣れた」の先にある、透明な景色
「距離が変わっていくことに、もう慣れた」
そう思えたとき、私たちの心は、本当の意味での「自由」を手に入れます。 かつての仲間と疎遠になることは、人生の欠落ではありません。それは、新しい自分を形作るための、大切な「心の土地」を更地にしている状態。
その真っさらな空間には、これから何が飛び込んでくるのでしょうか。 誰かの期待に応えるための自分ではなく、自分自身が心から「心地よい」と感じる場所へ。

本質を生きるための結び
「本質を生きる」をテーマに、人生を歩いています。 35年の会社員生活を終えて手に入れたのは、誰にも邪魔されない「静寂」と、自分を客観的に見つめる「メタ認知」という視点でした。かつての役割を脱ぎ捨て、本当に大切な価値観だけでつながる日々。朝の澄んだ空気の中を走るように、軽やかでノイズのない人生の後半戦を、皆さんと同様に探究していきたいです。
今回、前編では過去を優しく手放す勇気についてお話ししました。 続く後編では、その真っさらになったキャンバスに、どのような人間関係を描いていくべきか。私がたどり着いた「4つの基準」について、綴ってみたいと思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。


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